第3章大戦前夜
昭和16年12月8日大日本帝国はアメリカのハワイ州オワフ島パールハーバーを奇襲攻撃し宣戦布告をして泥沼の世界へと突き進むのであるが、この戦争に至るまでが大切なのである。一部の戦争好きな軍人以外は皆戦争を回避したかったに違いないのであるが、その願いよりも強い力が働きかけて、国難回避の戦いへと向かうのである。世界では第二次大戦がヨーロッパで始まっていた、ドイツの力は近隣の国を飲み込み次は南ヨーロッパを統一させる勢いであった。ベルギーやポーランドに加えフランスも掌握していた、ヒトラーというカリスマにドイツの国中から天才が集まり英知と希望を傾けた、方法は間違いであったのかも知れないが、ユダヤ人迫害運動の根幹はゲルマン民族の至上主義なのであり、対アメリカ政策なのである。

昭和15年は皇紀2600年の祝賀が国中で行われ、経済的な困窮の中にも次へと進む絶好の年であった世界的にも戦争景気で軍需産業のみならず発展の見通しができるはずであった。だがヨーロッパの状況はドイツの進攻にたいしアメリカは国際連盟に加盟していないにも拘らず、対ドイツ政策を発動していた。正に不思議極まりないのはアメリカである国際連盟の素案を作り中心となるべきところの国がなぜ加盟すらしていなかったのか、議会で反対されたとあるが、なぜそれだけの理由で加盟しなくてすむのか、そこには何らかの思惑が働いたのであろうが、イタリアも日本も国際連盟においては常任理事国であり、主導的立場の国である。様々な国の思いが交錯する中、統一して言えるのはアメリカとは戦えないという考えであり、そのほかならたいていの戦争は認められていた。現にドイツが進攻を開始したときアメリカは中立的でドイツ近隣の諸国ではアメリカへと参戦を呼びかけていたくらいである。ドイツにしても日本にしても、国土拡大植民地政策は自国発展のためのエネルギー確保の政策である、常に安定した供給が絶対条件であることは間違いない。そのために帝国軍はフランス領インドシナへ進駐したのである。当時フランスはドイツに進攻され降伏状態であり、本来ならドイツとの同盟関係にあった帝国政府はフランス政府から速やかに統治権を譲り受けるはずであったが、帝国軍は占領支配を進めていった。軍と政府の溝が悲劇を拡大させることに気づかなかった結果が、世界との戦いに結びついてゆくのである。正に昭和史の中心になるアメリカ、イギリス、中国との戦いである。
日本の国内にあっては5.15や2.26事件を契機に軍事統制が厳しくなり、軍政内閣が誕生していた。昭和史における暗黒の部分であるが、満州を通じて大陸へ経済の発露を求めた資本家たちも沢山いた。だが世界は満州国自体を認めるはずも無く、大日本帝国の政策は段々と無理な方向えと向かわざるを得ない状況に追い込まれていくのである。昭和十年代はエネルギー不足のほかにも不足していたものが沢山あった。食料にしても米以外は不足していたし、世界から疎まれていたせいなのか支援や応援などはなかなか得られなかった。だからこそ大陸の統治権が必要であった、満州国こそ当時の希望であったのであろう。インドシナ進駐は日本にあってはエネルギー供給の絶対条件であり、そこを断たれることは、国としての崩壊を意味していた。アメリカはアジアでの勢力を必要としていた、自由という名の横暴の始まりである。アメリカは最強国で無ければならないという奢り高ぶりにより、世界を眺め、経済活動のタイミングばかりを模索していた。だがヨーロッパにおいてフランスだけでなくイギリスまでドイツに屈しようとしていたとき、世界の秩序が変わることを望まない国として参戦してきたのである。イギリスの敗戦はアメリカにとってかなりのダメージであった、歴史の観点からすると負けてはいけない国が負けたのであるから全世界が一つになってドイツをつぶさなくてはいけない、それがアメリカの理論である。ドイツに組するものも総て許すことは無いのである。自分たちの都合で世界を斜めから見ることだとしても、なんとも無いのである。実際に植民地政策を世界で一番作っていたのがイギリスでありその恩恵を受けていたのがアメリカなのである。歴史は何度も繰り返される、奴隷制度を使い世界中から奴隷を集めたのがイギリスであり、沢山買い付けたのがアメリカであるように斬っても切れない関係の両国はアジアでの戦いに照準を合わせていたのである。東条英機が日本の総理大臣になったときには開戦あるのみの状態であり、誰も阻止することはできない状態だとうかがえる。だが泥沼の戦いはこれから始まるのである。
第4章大東亜の存亡